体験談・エピソード集

消えてしまいたい気持ちと、一緒に生きてきた

仮名:紗良 (20代女性)

子どもの頃、父から性的なことをされていました。
でも当時の私は、それが「虐待」だとは分かりませんでした。
嫌だという感覚はあったのに、それを言葉にしていいものだとも、逃げていいものだとも思えませんでした。

家の中では、自分の存在そのものが邪魔なのではないか、自分なんて消えてしまえばいいのではないか、そんな思いを、子どもの頃からずっと抱えていました。

苦しさを外に出す方法が分からず、自分を傷つけることでしか、気持ちを保てない時期も長くありました。
それが当たり前のことのようになっていた時期もあります。

大学には、「ここ(実家)を出れば何かが変わるかもしれない」という思いで進学しました。
家を離れられたことは救いでしたが、心と体の状態は、思っていた以上に不安定でした(離れてからの方が悪化したように感じます)。

講義に出られない日が続き、研究室の先生が声をかけてくれました。
その先生が、精神科の受診を勧めてくれたのが、初めて誰かが私の苦しさを、現実のものとして扱ってくれた瞬間でした。

精神科に行くのは、とても怖かったです。
でも受診を重ねる中で、複雑性PTSDと双極性障害だと診断されました。
それを聞いたとき、ショックよりも先に、「名前のない苦しさじゃなかったんだ」という思いが浮かびました。

大学は、休学を挟みましたが、最終的には退学せざるを得ませんでした。
ほとんど働けた経験もなく、将来のことを考えると、不安ばかりが頭に浮かびました。

今は、障害者手帳を持ち、障害年金を受給しながら生活しています。
精神科では、認知行動療法を続けています。

精神科を通して、自助グループや支援団体につながることができました。
そこは、私にとって、安心して過ごせる場所になっています。

自分より少し先を歩いている人たちと出会えたことは、とても大きな支えでした。
「こんな状態でも、生きていていい」そう思っている人が、実際に目の前にいることが、私の中の希望になりました。

今は、週に2回、短時間ですがアルバイトができています。
以前の自分からは、想像できなかったことです。

音楽に触れている時間が、私は好きです。
言葉にできない気持ちが、そのままでいられる時間だからです。

正直に言うと、今でも、死んでしまいたくなる時はあります。
でも、それと同時に、「今日は生きよう」と思う日もあります。

それは、私にとって、とても大きな変化です。

今、悩んでいる人へ

もし、消えてしまいたい気持ちを抱えながら生きている人がいたら、伝えたいことがあります。

私も長い間、
生きている意味なんてないと思っていました。
でも、あとから分かったことは、そう思うほどの出来事が、確かにあったということでした。

すぐに元気にならなくてもいいし、前向きになれなくてもいいと思います。
ただ、ひとりで抱えなくていい場所や人が、どこかにあるかもしれない、その可能性だけは、手放さなくていいと思っています。


障害者手帳(精神障害者保険福祉手帳)

申請:お住いの市区町村の障害福祉担当窓口
取得条件:次の2つの条件を満たしていること
➀何らかの精神疾患によって、長期にわたり日常生活や社会生活に制約がある
②その精神疾患での初診から6か月以上が経っている
取得のメリット:医療費の助成や公共料金の割引などが受けられます

障害年金

傷病名や障害者手帳の有無にかかわらず、病気や障害によって労働や日常生活に支障がある場合は、障害年金を受給できる可能性があります。
障害基礎年金の受給要件・請求時期・年金額(日本年金機構)

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