体験談・エピソード集

信じることしか許されなかった子ども時代から

仮名:壮太 (40代男性)

私は、いわゆる「宗教二世」として育ちました。
物心ついた頃から、家の中には宗教の教えがあり、それに疑問を持つことは、許されない空気がありました。

子どもの頃の生活は、学校や友だちよりも、宗教の活動が優先でした。
行事や集まりを休むことはできず、「信仰が足りない」「心が弱い」と言われることもありました。

怖かったのは、自分の考えや気持ちを持つこと自体が、「間違い」だとされることでした。
疑問を口にすると、叱責されたり、距離を置かれたりすることがあり、次第に、何も考えないようにする癖がついていきました。

高校を卒業しても、大学への進学は認められませんでした。
代わりに、宗教活動に専念する生活が始まりました。
外の世界をほとんど知らないまま、「これが正しい生き方なんだ」と言い聞かせていたと思います。

23歳のとき、宗教の中で起きた出来事をきっかけに、初めて強い違和感を覚えました。
助けを求めている人が切り捨てられる場面を見て、教えとして語られてきた「愛」や「救い」と、現実との間に、大きなずれを感じたのです。

その違和感を抱えたまま過ごすことができず、私は脱退を決めました。
家族や知人との関係は大きく変わり、事実上、ひとりで生きていくことになりました。

脱退後は、日雇いの仕事から生活を始めました。
長く同じ職場で働くことができず、人間関係もうまく築けませんでした。

自分でも抑えられない怒りが出ることがあり、後から激しく後悔することもありました。
フラフラと、地に足がつかない感覚のまま、生きていたと思います。

40歳近くになるまで、「なぜ自分はこんなにも、うまくいかないのか」
その理由が分かりませんでした。
努力が足りない、根性がない、そうやって自分を責め続けていました。

働いていた職場で、産業医から精神科の受診を勧められました。
一度だけでなく、何度もです。
そのたびに、強い抵抗を感じました。

「なぜ自分が精神科に行かなければならないのか」
「自分が悪いと責められているのではないか」
そう感じて、ずっと拒み続けていました。

何度目かの勧めで、ようやく受診することを決めました。
診断は、PTSDと抑うつ状態、そして、境界性の特性があるというものでした。

それを聞いたとき、最初に浮かんだのは安心でした。
「おかしな人間だから」うまくいかなかったのではなく、これまでの環境や体験が、心に大きな影響を与えていたのだと知ったからです。

そこから、宗教二世やトラウマについて書かれた本を読み、講座や学びの場にも参加しました。
知ることで、これまで自分の中で起きていたことが、少しずつ言葉になっていきました。

今も、迷いや揺れがなくなったわけではありません。
それでも、自分の感情や反応を、以前より落ち着いて受け止められるようになってきたと感じています。

今、悩んでいる人へ

もし、「信じること」を強いられて育ち、自分の人生を生きている感覚が持てないまま大人になった人がいたら、伝えたいです。

私も長い間、何が苦しいのか分からないまま、生きてきました。
でも、あとから知ったことは、苦しさには理由があった、ということでした。

時間はかかりましたが、知ること、学ぶことは、自分を取り戻す助けになりました。

あなたが悪いわけではありません。
そう言われても、すぐには信じられないかもしれませんが、少なくとも、ひとりで抱え続けなくていい可能性は、どこかにあると思っています。


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トラウマとは(認知行動療法センター)

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